ファッション第3の道とは②「Tシャツとは何か」を考えることから見えてくる『ファッション第3の道』

Tシャツとは何か、ということを現代的な視点から語る場合
「ひとことで言えるようなものではない」となってしまう。
それほど、Tシャツというものの現代的な立ち位置は複合的だ。
しかし、元をたどると見えてくるものがある。
そしてそこには、かっこよさにつながるポイントがある。
複合的な要素のあるTシャツから、
下記の要素を抽出すると、それがファッション第3の道につながっていく。
おそらく、元々は肌着だった。
やがて、1960年代には
夏場のアウターとして着られるようになったらしい。
当時から、色々な活用のされ方をした。
例えば大学ロゴを入れて学生に販売したり、
ガソリンスタンドの店員に着てもらって、車用品関係の企業の宣伝ロゴを入れたり、
何かのクラブやグループでユニフォーム的に使われたり、
軍隊でも使われたりした。
しかし、もう一つのポイントは、
これらを当事者たちが着るだけではなく、
古着や横流し品として売られていたものを、
関係のない人たちが日常着として買い、着た、
というところにある。
その時にかっこよさが生まれた。
なぜか?
法則的なところは別ページでも述べるが、
ファッション第3の道では、この種類のかっこよさを重視している。
簡単に法則を説明するとこういうことになる。
① 人間はかっこつけないと、どんどんかっこ悪くなる
② しかし、「かっこつける」という行為は、その行為自体がかっこ悪い
③ ①②により、ほとんどの人間はかっこ悪くなる。
④ しかし、そこには抜け道がある。
「かっこつけてるつもりはないが、
たまたまかっこよくなってしまった」という状況である。
上記の④を疑似的に作るための方法として、
業務用品などを着用することが適していることが多い。
しかし、ガチの業務用品などを着てもかっこよくならないことが多い。
それはガチだからだ。
無造作ヘアーというのは本当に無造作にしてるわけではなく、
きわめて入念に作り上げた無造作「風」の髪型である。
本当に無造作にしてかっこよくなる人は、一部の人以外、ほとんどいない。
つまり、
ガチの業務用品を日常着として着たり、本当に無造作のままのヘアーにしている人は
『ファッション第2の道』にいる。
一方、明らかにファッション志向で作られている服飾を着ている人は
『ファッション第1の道』にいる。
さて、Tシャツだが、
そのようなファッション目的で作られていない、業務用途などのTシャツを
業務と関係ない人が着用すると、
いい具合に
「かっこつけてませんけど。その辺に売ってたから適当に着てるだけですけど」感が
出る。
そしてその業務用品が、現代のガチの業務用品では「ない」場合、
元々のTシャツのシルエットや色合い、質感、ロゴなどに、自然なかっこよさがあるため、
「かっこつけ目的で着ていないのに、かっこよくなってしまっている」
という状況が、「疑似的に」生まれる。
※この辺、さらに注釈が必要であるが、長くなるために別ページに記す。
だから、Tシャツというのは「〇〇カレッジ」とか「〇〇ファクトリー」とか、
何でもいいが、それっぽいものが求められる。
ああ、昔こういう会社が実際にあったんだろうなーと、
思わせるようなそれっぽさ。

しかし、
いい加減な作り手、
不勉強な作り手、
アレンジしすぎる作り手、
のような人たちが作るTシャツだと「それっぽくない」のだ。
ファッション目的で着ていることが明白になってしまう。
それはかっこ悪い。
現代の日本でしっかりと「それっぽい」Tシャツを作れるメーカーは
かなり限られている。
見極めるためには、
こちらもたくさんのTシャツを見て、
調べに調べつくし、それでもまだ足りないと調べ、
買い、着て、失敗をして、そこから学んで、
「目」をある程度向上させることが必要となってくる。
この過程を省略しようとしてはダメだ。
人間は失敗から学ぶ。
ファッション第3の道において、
昔のワークウェアや、昔のTシャツ、昔の軍モノなどが
日常着に向いているのは、以上のような理由によるところが大きい。


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